情報提供:大阪府立成人病センター

大阪がん情報提供コーナー

続がん50話

50 看取り

大阪市東成区医師会理事
川上朗

医師は、病気の診断や治療だけでなく、最期にも立ち会います。

もう15年前になりますが、母を看取(みと)りました。母は1993年10月に早期の子宮がんとして手術を受けましたが、12月に入ってから腰痛が出現し、翌年1月にはがんの再発と診断されました。2月に入ると再発したがんが大きくなったので、急いで抗がん剤治療を受けたのですが全く効果がありませんでした。残された治療はがんの痛みをとるだけなので、2月末には自分が勤務していた病院に母を転院させて、自分が主治医となりました。

最近、久しぶりに入院中に書いていた日記を読み返しました。病状の経過だけでなく、会話した内容まで書いていました。一番印象的だったやりとりは、「私は死ぬために、この病院に来たのだから、早く楽にしてちょうだい」と母に頼まれたのに対して、私が「医者だから、痛みをとることはできても、早く死なせることはできない」と返答していたことです。

がんの痛みが強かったため、診るのもつらかったのですが、医師として息子として、できるだけのことをしました。亡くなった時はもちろん悲しかったのですが、やっと痛みから解放されて母が楽になったという気持ちの方が強かったです。

7日間という短い期間でしたが、母の意識のある間に昔のことやこれからのことまで、いろいろな話ができました。もし当時に、今のような介護保険や24時間訪問看護のシステムがあれば、自宅で家族と共にもっと長い時間が過ごせて、自分自身もより良い形で看取れたと思います。